差別を許さない姿勢を貫く学生たちを誇りに思います。講演は私は聞いてみたかったけれど。ただ、講演会をやってみて、言葉の暴力の応酬になるなら、あるいは、差別発言が連発されるなら、停止せざるを得ないですね。私たちは、自分とは異なる考えを尊重するという、議論する際の基本的なルールを学ばなければならない。それができていないから、社会の分断が進む一方です。
私が一番恐れるのは、事実関係を確認しないままに情報が拡散され、それをもとに、議論が行われ、悪い場合には、攻撃的な批判や誹謗中傷が広がってしまうこと。また、意図的に偽情報を流し、事実を組み換えようとする動きに、多くの人が翻弄されてしまうこと。
自分も普段から、学費値上げや奨学金の問題のほか、両岸関係、日中関係、植民地主義等について、学生たちと議論し、様々な活動を企画しているので、今回の騒動に関して、しっかりと動きを分析し、今後に活かしていかなければと思っているところです。
大学も日本のコミュニティも、既に情報戦、認知戦の主戦場になっている。その意識をどれだけの人が認識した上で、自らの位置をとらえようとしているのか。学問そのものが、そうしたコンテクストの中にあるけれど、学者はそれを踏まえた分析ができているのか。
5月祭は学生が自主的に企画・運営しているので、大学の経営陣や教員、事務スタッフは慎重に介入する必要がある。何よりも学生と来場者の安全を第一に考えなければならないが、過剰な対応によって、学生たちの自治を脅かしてしまう可能性もある。
東大には、1969年の東大紛争を機に学生と大学当局の間で結ばれた内規「東大確認書」があり、その基本原則は、学内の諸問題は自治と対話によって解決し、警察力の導入は極力避けるというもの。
私は仲間たちと企画した講演会などにおいて、警察から、「万が一のために備えたいから参加者の名簿を見せて欲しい」と言われた際、返事しなかった。日本の法律上、「万が一」が明確に説明できなければ、警察にそう簡単に、個人情報を渡すことはできないはず。市民の生命・財産を守り、犯罪の未然防止や捜査を行っている警察に敬意を払いつつも、キャンパスの自治を守るために、一定の距離を維持したい。
警察には、迅速に捜査を開始し、爆破予告や強迫行為を行った人を逮捕して欲しい。それこそが、大学における学問の自由を、日本の民主主義を守ることに直結する。その際に、慎重に情報を精査し、専門家の意見を取り入れて分析する必要があると思う。