国際情勢が不安定になり、国家間の関係における「敵対化」が進み、「スパイ活動・諜報活動」を繰り広げる状況はより顕著になってきています。外国語とその言葉を使う国や地域の事情に精通する人材は、自ずとそうした動きの中に巻き込まれていきます。ジャーナリストや学者など、その分野の専門家として努力を重ねてきた人たちは、何をもって「スパイ」というラベルを貼られてしまうのでしょうか。
北海道新聞の記者をめぐる具体的な事情について依然わからないことが多いとはいえ、この問題は決して放置すべきではなく、議論を活性化していくべきだと私は思います。民主主義国の一員として、私たち自身が自分たちにとって「言論の自由」とは何を意味するのか、どのような情報や知識を、どのような目的のために収集し、分析に活用していくべきなのか。ジャーナリストや学者の役割とは何なのかについての議論を、より活発に行うべきだと私は考えます。
相互理解を促進するために外国語を学んできたのに、どうして「スパイ」の話が言論空間をにぎわすことになってしまうのか。この風向きをなんとか変えていきたいです。